@グリーンカード@

10年たってそんなに長くないから覚えていても良さそうなものだが,
はっきりいって奴も私も私のグリーンカード取得になにをどうやったかは
あまり覚えていない。
なにせ生活始めてとにかくがむしゃらに一生懸命やってきたからそれまでに
やったことの細かいところまで思い出せない。
ただ最初に当座2年のテンポラリーカードというのをもらったのは覚えている。
 
というのも私の記憶が正しければ,永住権取得目当ての政略結婚(?)を妨害
するために正規のグリーンカードの授与は結婚の契約の成立後かっきり2年
の猶予を開けてからでないと実行されないシステムになっていたからである。
 
1992年初めそのテンポラリーのカードの期限終了を前に,必要な書類を
全部揃えてシアトルの移民局まで行ったことも覚えている。
そこのオフィスで係官が『It hasn't been green for years(グリーンじゃなくなって
ずいぶんだな)』とカードのことをいったのがこの時だったのか・・・?
なんせ結構足繁く通ったみたいだったから記憶の糸がごちゃまぜ・・。
 
この永住権受領の手続きの苦労と心労はやってみた人には分かると思う。
とにかく移民局はいつもなんかの形で在住もしくは永住しようとする移民で
いっぱいである。何時間も何時間も待たされるのである。
 
不思議に思ったのは移民局にいろいろ書類の手続きに来ているのに
入国はしたものの自分がやるべきことをぜんぜんやらずに局まできている
人達。なかにはテンポラリーカードが切れたまま1年半も在住した後,局
から呼ばれて来てた人とかも。その都度対応に時間がかかる・・。
私の意見では日本人って結構きっちりしてるからこういうの皆無に等しい
と思うがどうだろうか。
こういう怠慢の頻度の大小も人種によって違うような気がする。
移民法の違反だって結構多いし。
入国するだけしといてあとは子供みたいになにもしないのもおかしいぞ。
係官の態度の横柄さにはこういったごく一部の移民達の対応に苛々
させられての結果かもしれないところもあるのではないかな。
 
とにかく10年間有効のグリーンカード初めて手にしたときはなんか
やっとなにかの仲間入り出来たようで(日本人ね)感激した。
 
長い間走り回って待たされて頑張った割には安っぽいラミネートのカード。
金銀で縁取って欲しかったよ,粗品付けて。
 
それともう一つ。私の両手の指紋はばっちりCIAのファイルに
収められているそう。全移民のものがあるそうだがホンマかよ。
採らなきゃいけなかったのは覚えてるが・・。また奴に騙されたかもしれない。

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